【大分県豊後高田市】USAから昭和の町へ

今から2年ほど前。普段何気なく撮影しているものの多くが「昭和の匂いコンテンツ」であることに気がつきました。それとほぼ同じく、大分県の豊後高田市に「昭和の町」なるスポットがあることを知りました。今まで大分県に一度も行ったことがなかったので、福岡に仕事で来たついでに豊後高田を目指します。
小倉からキラキラした特急ソニック大分行に乗ります。
USAに到着。1時間もかかりません。楽勝〜♩
と思ったのも束の間。宇佐駅から豊後高田の「昭和の町」方面に行くバスを約30分待たねばならず、あろうことかトイレに行っている間にライバルにタクシーを奪われ、人っ子一人いない駅前でバスの到着を待ちます。
何とかバスに乗り豊後高田に到着します。本数、乗客の割には無駄に広いバスターミナルです。それもそのはず。豊後高田は昭和30年代国東半島で最も栄えた街で、先程の宇佐駅からも鉄道が伸びていたそうです。このバスターミナルは廃駅を再利用しています。なお手前の影はバスを待つおばあさんです。何とか像ではありません。
昭和の町の玄関口に相応しく昭和テイスト溢れる空間です。
バスターミナルを出ると新しくそれっぽく作られたアーケードがお出迎え。元々鉄道の駅前なので「駅通り商店街」です。
駅通り商店街を抜けると新町通り商店街に入ります。可愛らしい街灯が昭和の匂いを深めます。
その一角に昭和石油(昭和59年にシェルと合併し消滅)のスタンド跡なのか、復刻なのか。ジャイアンがリサイタルをする空き地にあるような土管が置かれた空間があります。
ガソリン46円は昭和37年当時の値段だそうです。3C(クーラー、カラーテレビ、カー〔自家用車〕)が憧れの時代です。当時の大卒初任給は約17000円程度なので、現在と比べると割高感が否めません。
新町通りを歩き進むと中央通に入ります。
山口自転車は昭和38年(1963年)倒産。その後セキネサイクルなどを経て、現在はアサヒサイクルと言うそうです。
映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」のロケ地でもあります。オープンセットが残っています。
宮町通り。この日は縁日でした。
桂川を渡ると玉津商店街に入ります。
九州なのでROYAL。グレープフルーツみたいな電気傘が👍
玉津プラチナ通り

「昭和の町」は昭和30年代に栄えた街が様々な理由で廃れ、幸か不幸かジップロックで状態が保たれ、それを10年ほど前から封を開け観光地化している感じがしました。想像以上に綺麗に整備されていたので、街歩きで偶然レアなものに出会う「いつもの衝撃」は多くありませんが、その場にいることで何かが浄化される気がしました。
その他、豊後高田で出会ったモノ・空間。

【訪れた場所】
大分県豊後高田市
【アクセス】
JR日豊本線 宇佐駅からバス

2017.11訪問

オノエマチカドー

旅や出張は訪れる地のトレンドを知る絶好の機会です。一方で、かつて栄えた中心市街地や商店街、旧街道などを訪ねると、どこか懐かしい時空を超えた不思議な出会いがあります。オノエマチカドーは「新しいを追う」のではなく、街角で見つけた「昭和」や「平成前半」など古き匂いがするモノ・空間を真空パックしお届けするブログです。